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1938年9月18日、英国マンチェスター生まれ。 少年時代からレスリングとボクシングに打ち込み、“蛇の穴=スネークピット”と恐れられる「ビリー・ライレー・ジム」に入門。
先輩カール・ゴッチ、ビリー・ジョイスらとともに汗を流す。 60年代前半は、ヨーロッパ・マット、中東エリア、アジア、北アフリカ諸国、中南米エリアをサーキット。
67年1月、B・ジョイスを下し大英帝国ヘビー級王座獲得。 68年4月初来日、国際プロレス「第一回IWAワールド・シリーズ」に優勝、初代IWA世界王者に認定される。
国プロ“専属選手”として69年から70年5月まで東京に在住。 ハワイ、カナダ・カルガリー地区を経由して70年夏、アメリカへ移住。 AWAエリアでバーン・ガニア、クラッシャー・リソワスキーとのコンビで、AWA世界タッグ王座を2度獲得。
75年12月、新日本プロレスに初登場、アントニオ猪木と“夢の対決”。 76年7月、全日本プロレスに“移籍”。 ジャンボ鶴田を下しUN王座、トーア・カマタを破ってPWF王座を奪取。
その後、85年10月(現役引退)まで全日本マットにレギュラー出場。 92年、UWFインターナショナルの専任コーチとして、 ネテシー州ナッシュビルに道場オープン。
99年4月、「UWFスネークピットジャパン」発足と同時に来日。 東京・高円寺在住。 2004年1月、持病の膝を手術した米国から帰国、毎日ジム生を指導しています。
同年10月、「高円寺のレスリングマスター ビル・ロビンソン自伝」(円たーブレイン刊)を上梓。 |